死してなおザサラメールの秘術により使役されるこの者、かつては知る人ぞ知る人物であった。だがその名を伝える者はいない。当代隋一の刺客と評された彼は、決して他人には本名を告げることがなかったのである。
彼は若いころから裏の世界で生きていた。そこで生き延びるためにできることを全て行ってきた。その結果、いつしか彼は一流の刺客へと上り詰めていた。一度彼に狙われた獲物は確実に闇へと葬られ、裏切りの素振りを少しでも見せようものならば依頼主にも容赦はなかった。誰の下に付くわけでもなく、彼は常に一匹狼だった。その腕を己が翼下にと考える者はあとを絶たなかったが、深入りすればそこには死が待っていた。ついにそのような考えを持つ者がいなくなった時、彼はあらゆる権力者達から恐れられる存在となっていた。そんな彼もいつしか齢を重ね、彼を恐れる者は減りつつあった。
ある日彼を訪ねて青年が現れる。手に大鎌を携えている。異様な光を放つその眼が、彼が人間として見た最後の光景であった。彼はその大鎌に身を裂かれながら、若かりしころに手にかけた一人の男を思い出していた。確か魔術師と呼ばれていた老人だ。青年と老人の眼が最後の意識の中に重なって映る。死してなお復讐を遂げたその男は、真に魔術の使い手であったのか……。そこで彼の命は消え去り、思考は凍り付いた。
それから十年余りが経ち、身体も崩れて骨ばかりとなった彼はその全てを忘れているように見える。あるいはその空虚な骨の奥で、今も全てを覚えているのかもしれないが、それを自分以外の者に伝える手段を持ってはいない。永劫の生を閉じるために暗躍するザサラメールの意のままに動く彼もまた、その計画が成就した暁に、開放されることを夢見ているのかもしれない……。
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