「幸せ」とは何と恐ろしい言葉であろうか?
人間に対し自身の幸せを求めるよう仕組んだ者がいたとするならば、
この女性が幸せを得るための手段には制限を設けるべきであったかも知れない。
ダルキア公王の突然の死に声を上げて嘆き悲しんだその女性は、
自身の寝室に隠された小部屋の中に入った瞬間、口から溢れ出す笑い声を抑える
ことができなかった。
きらびやかで誉れ高く健気な彼女が、その容姿や周囲から得る信望とは裏腹に、
その内面は非常に高慢で強欲であることは知られていなかった。
ただ一人彼女の本性を知っていた者がいたとするならば、それはおそらく軍部を取りまとめているロインという男であろう。
公王の三室に過ぎなかった彼女が自らを君主を名乗った時、多くの者が異論を唱える中、事実上の最大権力を握っていた軍部が彼女を快く認めた。
また、毒殺の疑いがあった公王の死の真相が解明されていない中での戴冠は、当然彼女自身に疑いがかけられる事態を招いたが、やはり彼女や公王を護衛していた兵の証言により、彼女の潔白が証明された。
類希な知性と指導力を持ち合わせた彼女は、次第にその本性を隠す必要がなくなっていった。
ハルティースとの停戦協定の撤回、グランダールへの宣戦布告。
過剰なまでに戦争に突き進む彼女の心は、一体何をもって「幸せ」を感じるのだろうか?
「毒蜘蛛」の異名をとる彼女の毒牙は、今も次の幸せを喰らおうと渇望しているに違いない。 |