アーサーはイギリスの地で生まれ、幼くして船に乗り、やがて日本で引き取られて育てられた。
だが彼は豪族の蒐集物の一つとして扱われ、人間として扱われることはなかった。
成長した彼は己を人間として認めてもらうために、刀を取ることを選んだ。
そしていに明け暮れた結果、片方の目を失い、それと引き換えに、死線を幾度も潜り抜けた己の力量への自信とかけがえのないもの――恋人と娘を得た。
守るべきものを得、彼は次に成すべきことは誰もが認めるような手柄を立てることであろうと考えた。恋人と娘を好奇の視線から守るためには、自分が誰からも認められるようになることだ……!
異形の青き鎧の騎士、そして無双の剣と呼ばれるソウルエッジ……。それは異国から流れてくる噂の一つに過ぎなかった。だが彼は異形の騎士を倒し、かの剣を手に入れることこそ最大の名誉であると確信し、恋人と娘を日本に残して大陸へと旅立ったのである。
しかし、何の手掛かりもなく異国の地を踏んだアーサーにとって、無双の剣を追い求める旅は困難を極めた。異形の騎士の行方はようとして知れず、己の無力さを痛感するばかりであったが、その身で世界の広大さを感じた彼はどんな境遇にあっても人間は人間に過ぎないということを知った。
そして、己が抱えている長年の苦悩がいかに取るに足らないものであったかに思い至り、今自分が本当に成すべきことを理解したのだ。
異国へ旅立ってから一年が経ったころ、彼は異形の騎士を追うことをやめて日本への帰路に就いた。ただ一つ得た手掛かりであった、廃墟と化した街で発見したソウルエッジの欠片と呼ばれる金属片だけを旅の証として。
日本に戻った彼を恋人は辛抱強く待ち続けていてくれた。彼は無言で恋人を抱き締め、もはや彼には必要なくなった剣の欠片を女に手渡した。二人は祝言を挙げると、彼は家族を養うために再び戦場を駆け巡る生活に戻る。いくら武功を挙げても彼に対する周囲の目は変わらなかったが、かつて感じた不安や焦燥が彼の心を苛むことはなくなっていた。
しばらくの間は変わらぬ日々が続いたが、祝言より二年が経った秋、流行病が彼の住む町を襲った。アーサーの家族は幸いにも病にかからずに済んだが、妻はそれを彼が異国の地で入手したあの破片のおかげだと喜び、以後肌身離さず持ち歩くようになった。だが流行病が過ぎ去り、町が再び活気を取り戻し始めたころから、妻は度々体を壊すようになっていった。
ある日アーサーが戦場から家族の下へ帰ると、奥の部屋で何かが倒れるような音が聞こえた。不吉な何かを感じた彼が部屋の戸を開けると、そこには床に倒れている妻と泣き喚く娘の姿があった。近寄ってみると、妻の体は異様な色に変じ息も絶え絶えであるにもかかわらず、目だけは爛々と輝いている。その様子に尋常でないものを感じた彼は、腕利きと評判の医者に妻を診せるが、分かったことは妻が死に瀕しているということだけ。苦しむ妻を前に何もできぬまま、彼女はこの世を去った。
呆然としていた彼のもとへ奇怪な風貌をした小男が訪ねてきたのは、その直後のことだった。彼女の病の噂を聞きつけてやって来た旅の医者であるらしかったが、アーサーは妻を失った悲しみと怒りに任せて小男を怒声で追い払う。その小男は歪な笑みを浮かべ、去り際に一言告げた。「あの欠片のせいでしょうよ……」
その言葉を聞いたアーサーは愕然とする。だが慌てて小男を呼び止めようとした時には、その姿はどこにも見当たらなかった。
妻の葬儀を終え、泣き続ける娘を何とか寝かしつけたのち、アーサーは小男が残した言葉について思い返していた。あの男の言葉を信じる理由はない。だが、もしもあの男の言葉が真実ならば、妻を死なせたのは……他ならぬ自分に相違あるまい。彼の取るべき道はすでに決まっていた――無双の剣、いや、邪剣ソウルエッジを消し去ること。この過ちを取り戻すには、そして同じような悲しみを増やさぬためには、それ以外の方法はない。
翌朝、旅の支度を整えたアーサーは娘を連れ、今一度異国の地へと向かう船に乗る。彼の澄んだ碧い隻眼は遥か遠い地にある、未だ見ぬ邪剣を見据えているかのようだった……。
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