夜は冷たく清らかだ。痛いほどに輝く月明かりとともに、
闇の眷属に力を与えるかのようだ。
今夜も彼女はそんな夜の息吹に包まれているはずだった。ほの暗い部屋の中、人形のように椅子に座って動かない彼女は、視線を窓へ移し外を覗き見た。はるか眼下には松明の炎があかあかと燃え、刺々しい雑音を立てる甲冑が蠢いていた。
この光と音を、以前にも彼女は経験していた。
……私はしばらく戻らぬが、良い子にしているんだよ……。
あの時、あの者は彼女にそう言い残し剣を取った。そして騒々しい夜は沈黙したはずだった。だがそれも長くは続かず、再び外はざわめきだした。
そして今、彼はいない。旅立ってしまったのだ。彼女を置いて。彼女のために。
光と音は、今にもこの世界に入り込もうとしていた。無遠慮に。乱暴に。彼の世界が蝕まれようとしている……。
彼女は椅子から腰を上げると部屋の出口へと向かった。扉の前で歩みを止めた。
誰もいない広大なホールを振り返る。その端正な顔をわずかに曇らせたかに見えたが、すぐに向き直ると、扉を開けた。
あの時の言葉を、もう一度、噛みしめた。今度は、口元をわずかに歪め、微笑んだ。
彼の作った、この世界を守らなくては。
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